▼社会・身体環境により好ましい反応示す
〔ニューヨーク〕 ミシガン大学(ミシガン州アナーバー)ヒト成長・発達センター小児科学および伝染性疾患のBetsy
Lozoff教授らは、「健康な正期産乳児は生後 1 年間の鉄補充から発達・行動上の利益を得る」とする研究結果をPediatrics(2003;
112: 846-854)に発表しました。
それによると、1 歳の時点で、鉄補充群は貧血が少なく、社会・身体環境に対してより好ましい反応を示すが、鉄非補充群は情報処理の速度がより遅く、人との相互作用的な関係に問題を起こしやすかったとの報告がされています。
▼既存の知見と一致
Lozoff教授らは「観察された差違は、鉄欠乏が発達途上の脳に及ぼす影響に関する既存の知見と一致するようだ」と述べています。成人に達したとき、この差違がどのような意味を持つのかは明らかではありません。しかし「鉄非補充群の一部の乳児で見られた行動上の差違が機能的孤立化、すなわち自己誘発性虚弱の一因となり、身体・社会環境からの刺激を求め、それを受け入れる能力を制限しているのではないか」と見ています。
鉄非補充群は、
(1)情報処理時間の遅延
(2)人と相互に作用し合ったり養育者の反応を確かめるなどの好ましい情動を示す割合が低い
(3)玩具やテスト道具をすぐに人にあげる
(4)機嫌が悪いときに言葉やものでなだめられる割合が低い
(5)“ハイハイ”の開始時期が少し遅い
(6)体を震わせる割合が高い
などがわかりました。
インタビューで、今回の研究が日本の小児科医のニーズに合うかとの質問に、同教授は「今回の研究対象の乳児は栄養状態の良好な正期産健常乳児であり、結果は他の国の健康な乳児集団にも当てはまりそうだ」とし、「一般に生後
1 年間は、無調製の牛乳を避けるべきだ。母乳哺育を妨げない方法で鉄補充を勧めたい」と付け加えました。
今回の研究に登録したのはチリの正期産健常乳児1,657例。鉄欠乏性貧血の乳児は皆無でした。米国小児科学会(AAP)の勧告は、生後12か月まで母乳哺育と鉄補充剤の投与、または鉄強化調製乳の使用を勧めています。研究は、鉄補充群の乳児がこの勧告に沿って鉄補充を受けるよう計画されました。
先行研究の検討によると、これまで乳児期の鉄欠乏と行動・発達上の遅れとの因果関係はエビデンスがはっきりしていませんでした。ロンドン大学のSally
Grantham-McGregor博士は、このテーマの包括的レビューをJournal of Nutrition(2001; 131:
649S-668S)に発表。同大学のStuart Logan教授はBMJ(1999; 318: 697-698)のレビューで「結論はまだ出ていない」とし、「乳児期鉄補充と小児期鉄欠乏性貧血の鉄剤治療の双方について、大規模臨床試験が緊急に必要だ」と述べています。
▼途中で研究デザインを変更
今回の研究は当初、二重盲検ランダム化試験として計画されました。1991〜96年、チリ・サンティアゴ近郊の労働者地域に住む乳児を鉄12mg/L含有調製乳(高用量鉄群)か鉄2.3mg/L含有調製乳(低用量鉄群)にランダム化割り付けし、継続して実施。調製乳の容器は同一としました。生後
6 か月までに牛乳か調製乳を飲み始めた乳児のみが登録されました(寄生虫病はほぼ皆無であった)。 1994年中ごろ、研究デザインに変更が加えられた。
理由は、
(1)地域の母乳哺育率が上昇した
(2)低用量鉄群は高用量鉄群ほど鉄欠乏状態が改善しなかったものの、実際に鉄欠乏性貧血を予防した
との理由からです。
そのため、同年中ごろに低用量鉄補充群を鉄非補充群に変え、同時に、人工乳哺育を始めていなかった乳児の登録を開始しました。この時点で、乳児の分布状況に変更を加えるべく、一定量の牛乳か調製乳を飲んでいた乳児、ほぼ母乳哺育のみの乳児をそれぞれ
1:3 、1:2 の割合で鉄補充群と鉄非補充群に割り付けました。
全乳児のデータを含めるとともに、健康な正期産乳児における鉄欠乏性貧血予防が行動・発達に与える影響の評価という当初の研究目的に最もかなうようにデータの統計学的解析を慎重に行いました。実際には、予備解析で高用量鉄群と低用量鉄群の間に12ヶ月時の発達・行動アウトカムに差が見られなかったことから、両群を
1 つの鉄補充群にまとめ、鉄非補充群と比較しました。
予期していなかった研究デザインの変更によって、当初計画していた純然たるランダム化比較試験ではなくなったものの、研究は方法論的にいくつかの点で以前の研究を超えています。サンプルサイズが他のどの研究に比べてもかなり大きく、行動・発達評価がより幅広く行われ、さらに治療前で鉄欠乏性貧血と行動・発達状態の評価がなされ、家族背景についても詳細な評価が行われました。
▼最初は鉄非補充群が優位
鉄非補充群では発達、気質、母乳哺育、初期のヘモグロビン値、母親の抑うつ、家庭環境からの刺激などの項目で、やや優位に立っていました。また、非常に熱心に母乳哺育も行われていました。鉄非補充群では出生体重が50g重く、試験登録時も体格がより大きく、母親には少しだけ扱いやすく情緒が安定していると思われていました。しかし研究終了時、鉄非補充群は認知処理と行動、運動機能のスコアが鉄補充群を下回っていました。
すべてのアウトカムを分析すると、鉄補充群の乳児はテストの総スコア以外のあらゆる項目で、鉄非補充群より成績が上回っていました。生後1ヶ月時に鉄欠乏性貧血が認められた乳児は鉄補充群3.1%、鉄非補充群22.6%でした。
もちろん、インドやインドネシア、ハイチなどの国々に今回の研究結果をどのように適用するかは結論が出ていません。Lozoff教授らは「今回の研究対象と比べると、世界の乳児の多くは健康・栄養状態が劣ることに注意すべきだ。健康状態の劣る乳児の間では鉄補充の効果に違いが見られるかもしれない」としながらも、「健康な正期産児が生後
1 年間の鉄補充から利益を得ることを今回の研究は示している」と結論しています。
|